広島地方裁判所 昭和45年(行ウ)32号 判決 1972年4月04日
原告 仁井田教一
被告 広島県知事
永野厳雄
右訴訟代理人弁護士 高橋一次
同 堀家嘉郎
同 開原真弓
右指定代理人 片山邦宏
<ほか五名>
主文
一、原告の本件訴えを却下する。
二、訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
原告
一、被告が広島平和都市建設事業西部復興土地区画整理事業の施行者としてなした左記行政処分は、いずれも取消す。
(一) 公共用地に充当する目的をもって行った総面積一、一二〇、五一一・八一平方メートル(二八四、五〇四坪八二)の公共減歩処分。
(二) 右土地区画整理事業施行対象私有地のうち測量増の名称で総面積一〇六、四六五・五五平方メートル(三二、二〇五坪八二)の土地の不法領得処分。
(三) 土地区画整理法第九六条第二項にもとづいて行ったと云う総面積五〇、八四三・一七平方メートル(一五、三〇八坪〇六)の保留地処分。
(四) 広島県所有地広島市水主町四三九番地九等の元地六七二坪三七を故意に一坪、二坪に分筆しこれを総計七九、二四三平方メートル(二四、〇一三坪三三)に増換地した処分。
(五)(イ) 広島市舟入幸町六六五の一古川光彦に対する過大渡しの換地処分
(ロ) 広島市河原町一〇番四号藤原良三郎に対する過小渡しの換地処分
(ハ) 広島市十日市町一丁目五番六号大田喜昭に対する不換地処分
(ニ) 広島市福島町七〇二番地の六を従前の土地とし中広地区五六ブロック一ロットに換地するなど総面積四四、九七六・八五平方メートルの一工区から二工区への飛換地処分
(ホ) 借地権価額を過小に評価したことによる借地権の侵害
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
被告
主文同旨の判決。
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因は別紙(一)記載のとおりであり、被告の本案前の申立に対する原告の反論は、別紙(二)記載のとおりである。
二、被告の本案前の申立は、別紙(三)記載のとおりであり、原告の請求原因に対する被告の答弁は、別紙(四)のとおりである。
理由
一、原告が広島県の住民であること、広島平和記念都市建設事業西部復興土地区画整理事業は、昭和二一年一一月一日戦災復興院告示第二四一号をもって都市計画法(大正三年法律第三六号)第三条の決定があり、被告が施行者であること、昭和四四年八月一九日付で換地処分の公告があったこと、右換地処分に対し原告が地方自治法二四二条一項に基づき、昭和四五年七月六日広島県監査委員に監査請求をなしたこと、右監査請求は、前同条に規定する監査の対象とならないとして受理されず、その旨同年八月六日原告に通知されたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、そこで、本件訴えが地方自治法二四二条の二に基づくいわゆる住民訴訟として適法なものであるか否かを判断する。
地方自治法に規定する住民監査請求並びに住民訴訟は、住民に自治参与の機会を与えようとするものではあるが、同法第五章に規定する直接請求の制度が、住民に対し地方公共団体の事務執行の全般にわたり不正の防止匡正の機会を与えようとするのとは異なり、地方公共団体の機関や職員による財政上の腐敗行為を防止、匡正する措置の一環として設けられた制度である。この制度は、地方公共団体の公金、財産、営造物等は、その住民の公租公課から形成されるものであり、その使用、管理、処分はいずれも住民全体の利益のために為されるべきものであるから、地方公共団体の機関や職員の違法、不当な財務会計上の行為によって生ずる公共団体の損失を、住民の手で自ら防止、匡正し、もって公共団体、したがってまた公共団体の財産の享有者であり、かつ経費の負担者である住民各自の利益を擁護しようとするものである。右の次第で、監査請求ないし住民訴訟の対象となる行為は地方公共団体の長もしくは委員会もしくは委員又は職員の行為のうち、「違法もしくは不当な公金の支出、財産の取得、管理もしくは処分、契約の締結もしくは履行もしくは債務その他の義務の負担」という四つの財務会計上の行為又は「違法もしくは不当に公金の賦課もしくは徴収もしくは財産の管理を怠る事実」に限定されているのである。
ところで、原告が本件訴えで取消しを求める行為は、被告が前記土地区画整理事業の施行者としてなした換地処分およびこれに伴う処置である。
土地区画整理事業は、都市計画区域内の土地について、公共施設の整備改善および宅地の利用の増進を図るため、その一定範囲の宅地を区画整理施行地区とし、右地区内の土地はこれを一団とみなし、これより必要な公共用地を確保し、その残地の区画形質を整然としたうえ、整理前の宅地に存した権利関係を喪失させるとともに、整理後の宅地につき権利を与え(換地処分)、両者をその位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等において照応させようというものである。そして、右の換地処分がなされたのち、各土地所有者間で整理前の土地と整理後の土地を比較衡量して、公平を期するために清算金の交付もしくは徴収がなされるものである。
右の土地区画整理ないし換地処分の性質に照せば、原告が本訴において取消しを求める処分処置は、地方公共団体の公金、財産、営造物等に対する管理、処分行為とは言えず、地方自治法二四二条及び同条の二に規定する住民監査請求及び住民訴訟の対象のいずれにも該当しないものと言わねばならない。
もっとも、本件土地区画整理事業の結果、広島県は保留地、公共施設用地の所有権を取得することになるが、これは土地区画整理法の規定により換地処分の効果として法律上当然生ずるものであって、右財産の取得は被告の財務会計的処理を目的とする行為によるものではない。そして、前記の如く、住民訴訟は地方公共団体の事務又はその機関の権限に属する事務全般を監督するための制度ではなく、地方公共団体の財政上の腐敗行為を防止、匡正する制度であるから、住民訴訟の対象となる行為は財務的処理を直接の目的とするものに限られるのである。したがって、換地処分の結果、財産取得の効果が生ずるからといって、換地処分をもって住民訴訟の対象となる財務会計上の行為であるということはできない。
次に、原告は、被告が職権を濫用して換地処分を行い、土地を収奪したことによって広島県が損害賠償義務を負担し、右は県税によってまかなわれることになるのであるから、被告のした換地処分は県の財政に関係する行為であり、住民訴訟の対象となると主張するので按ずるに、被告が換地処分を行う際、違法にその権限を行使し、他人に損害を与えた場合には、広島県が損害賠償義務を負うことはありうるとしても、前説示のとおり換地処分は財務的処理を直接目的とした行為ではないから、右債務負担は換地処分の本来的、直接的効果ではなく、損害賠償義務が発生するからといって換地処分を住民訴訟の対象となる財務会計上の行為であるということはできない。
したがって、原告の本件訴えは、住民訴訟として法が許容している範囲外の行為を対象としたものであるから、不適法な訴えであると言わねばならない。
三、以上の理由により、原告の本件訴えは、不適法なものとして却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹村寿 裁判官 高升五十雄 井上郁夫)
<以下省略>